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- 研究テーマ:トライボロジー
「トライボロジー」に関する研究
軸受等の摺動部品の開発において、トライボロジー(摩擦・摩耗・潤滑)に関する諸問題の解決は極めて重要な課題です。当研究室では、主に潤滑状態における摩擦メカニズムの解明とその特性向上に焦点を当て、表面界面分析や数値解析等さまざまな角度から研究に取り組んでいます。
各種表面・界面分析法による添加剤境界潤滑層の構造および形成メカニズムの解明
機械工学技術において、要素間の摩擦およびそれに伴う摩耗の発生に関する諸問題は極めて重要な課題であり、トライボロジー分野において多くの研究が進められています。機械における摩擦の形態は乾燥摩擦と潤滑摩擦に大別することができ、さらに潤滑摩擦は、一般的に、境界潤滑状態、混合潤滑状態、流体潤滑状態(弾性流体潤滑状態含む)の三態に分類することができます。中でも、境界潤滑状態においては、固体表面あるいは固体間に形成される柔らかい分子鎖状の境界潤滑層の存在がキーとなっており、これまで、それら層の構造および形成メカニズムに関する多くの議論がなされてきました。
当研究室では、潤滑油中に含まれる添加剤から成る境界潤滑層に焦点を当て、さまざまな界面分析手法を用いることで、その構造や物性および形成・脱離といった動的プロセスの解明に取り組んでいます。右図は周波数変調型原子間力顕微鏡によって取得した金属/潤滑油界面の断面像であり、油性剤による吸着層の形成と外的刺激の導入によるその成長が明瞭に捉えられています。その他、中性子反射率法、全反射型赤外分光法、水晶振動子微量天秤法、表面力測定法等の手法を駆使し、境界潤滑層に関わる情報の取得とそれに基づく添加剤の最適設計に取り組んでいます。
なお本研究は、公的資金によるプロジェクト研究、および、京都大学複合原子力科学研究所、高エネルギー加速器研究機構をはじめとする他機関および複数企業との共同研究として行われています。
[1] T. Hirayama et al., Langmuir, 33, 40 (2017) 10492.
狭小すきま平板対向型摺動試験機による添加剤境界潤滑層の摺動特性の把握
境界潤滑状態を表す摩擦モデルが始めて公に提示されたのは1930年代であり、固体間に形成される何らかの層の形成がキーとなっていることは古くより知られていました。しかしながら、境界潤滑層と呼ばれるそのような分子鎖状の層は極めて薄く、また、in-situ分析が必要であると同時に、状況や条件によってその姿を変えるなどの困難さから、固液界面における境界潤滑層の構造や物性は近年に至るまで謎に包まれてきました。
本研究では、そのような境界潤滑層が形成された表面に対して、せん断流れがどのような挙動を示すか、いわば、流れの見かけのレオロジー特性を調べています。特に、すきまを数ミクロンからサブミクロンのオーダにまで狭くすることにより、境界潤滑層の影響が現れやすい系を構築しています。実験装置の一例として、当研究室で開発した静圧軸受型狭小すきま摺動試験機を右図に示します。中央部に配置した静圧気体スラスト軸受によって一定すきまを構成し、その外周部で試験流体のレオロジー特性を測定する機構となっています。これにより、表面に油性剤から成る境界潤滑層が形成されると、固液界面ですべりが生じて流体の見かけ粘度が低減することなどが分かってきました。
なお本研究は、公的資金によるプロジェクト研究および複数企業との共同研究として行われています。
[2] T. Hirayama et al., Lubrication Science, 32, 2 (2020) 46.
ナノテクスチャによる流体潤滑および弾性流体潤滑特性の向上とその応用
流体潤滑状態とは油膜を介して非接触摺動を実現している状態を指し、機械摺動面において最も望ましい潤滑形態とされています。その流体潤滑状態をより積極的に作るには、表面テクスチャの形成が有効です。一般的に、表面テクスチャが有効に働くテクスチャ深さはすきま長さと同程度のときであり、加工精度の向上に伴って摺動部のすきまがより狭小化する傾向にある昨今、ナノテクスチャの形成は流体潤滑状態の形成、保持に極めて有効な手法であると言えます。
当研究室では、主に、フェムト秒レーザや精密エッチングによって形成した表面ナノテクスチャを対象とし、流体潤滑から混合潤滑に至るまでの潤滑挙動について詳細な研究を行っています。右図はフェムト秒レーザによって深さ数百ナノメートルの周期溝を施した球の写真と模式図であり、これを用いて弾性流体潤滑下における油膜厚さを調べたところ、テクスチャがない場合に比べて最大2倍程度にまで油膜が厚くなることを確認しています。また、MEMS創成技術と呼ばれる精密露光および精密エッチング技術を用いて深さ数~数十ナノメートルオーダのテクスチャを形成し、その表面をコロイドプローブ式FFMで走査したときの潤滑挙動を調査するなど、基礎から実用まで幅広くその効果について検証を行っています。
なお本研究は、公的資金によるプロジェクト研究、および、京都大学ナノテクノロジーハブ拠点および複数企業との共同研究として行われています。
[3] T. Hirayama et al., ASME Journal of Tribology, 136, 3 (2014) 031501.
撥油コーティングによる界面すべりの実証とそのメカニズムの提案
一般的な流体数値計算においては、表面と流体の間の速度差を考慮しない粘着条件が適用される場合がほとんどです。しかしながら、トライボロジーで対象とするような二面間に挟まれた狭い流れ場においては、表面と流体の間の「すべり」の有無やその作用をより厳密に評価しておく必要があります。
当研究室では、狭小すきまで作動するリングオンディスク型摺動試験機を用いて、表面エネルギーと流体潤滑下における流体のせん断挙動の関係を調査しています。右に、レイノルズ方程式を用いて計算した傾斜平板軸受パッドのストライベック挙動を示します。このように、界面すべりが存在するとすきまが狭くなるにつれてその影響が顕著に現れるという予想に対し、撥油コーティングを施した表面を用いた場合、同様の傾向を示すことを確認しています。
なお本研究は、複数企業との共同研究として行われています。
[4] 平山朋子, 潤滑経済, No. 10 (2010) 2.
潤滑グリースの油膜形成に及ぼす増ちょう剤の効果とその機構解明
グリースは基油と増ちょう剤から成る半固体状の潤滑剤として、ボールベアリングをはじめとする機械要素および多くの機器に用いられています。グリース潤滑によって形成される潤滑膜は、摩擦低減、摩耗防止、金属接触防止、応力緩和等の機能を有し、トルク低減、摩耗・焼付き防止、疲労寿命向上、振動抑制等の効果を発揮します。このグリースの潤滑機構においては、従来、グリースから分離した基油による潤滑が主体であり、増ちょう剤は単に基油をグリース中に保持する役目を担うものとして捉えられがちでした。しかしながら近年、増ちょう剤である金属石鹸繊維が持つ潤滑機能にも注目が集まっており、摺動条件下におけるその構造や役割の解明は喫緊の課題の一つとして位置付けられています。
当研究室では、摺動条件下におけるグリース増ちょう剤の構造とその特性に着目し、X線マイクロCT、電子顕微鏡、高感度反射型赤外分光計等を用いて分析を行っています。また、ボールオンディスク型摩擦試験機、二円筒試験機、EHL試験機、狭小すきま摺動試験機、共振ずり装置等を用いて、各種グリースの摩擦摩耗特性の評価を行っています。
放射光X線回折法による高圧下潤滑油の構造解析
潤滑剤の高圧物性の把握は、トライボロジー分野において一つの大きな課題です。過去に行われてきた潤滑油の物性研究により、一般的な機械潤滑油は数GPaを超えると相変態することが知られています。またそのため、弾性流体潤滑下のような高い圧力が生じる場において形成される油膜の形状や厚みは、潤滑油を連続体流体として取り扱った場合の数値解析結果とは異なるケースがあることが実験的に確認されています。しかしながら、そのような高圧しゅう動条件下において、潤滑油は本当に相変態を起こしているのか、また、その構造がどのように摺動特性に影響を及ぼしているのかに関しては未だ明らかになっていません。
当研究室では、放射光X線回折法を用いて静的高圧場および弾性流体潤滑場にある潤滑油の構造解析を行い、その構造の同定を試みています。これまでの研究により、高いトラクション係数を発現する特殊なトラクションオイルを用いると、高圧場で分子が配向し、整列する傾向を示すことが確認できました。また、右図のようなマルチアングルX線回折計に二円筒試験機を設置し、その円筒間に放射光X線を入射することによって、動的な摺動場における潤滑油分子の構造を調査しています。
その他
当研究室では、境界~混合~流体潤滑といった潤滑状態全域に焦点を当て、表面界面構造や潤滑剤分子構造等の分析結果と潤滑剤を連続流体と見做した数値解析結果の比較により、実際の場における潤滑現象の真の理解を目指して研究に取り組んでいます。また、近年では、京都大学辻井研究室との共同研究による親油性濃厚ポリマーブラシによる境界潤滑摩擦の低減(右図)や、O/Wエマルション潤滑下において添加剤が果たす役割の解明、ナノ粒子を添加した潤滑剤のトライボロジー特性の把握等、新しい課題にも積極的に取り組むことによって『潤滑』が担う役割のさらなる高機能化、高効率化とそのロバスト性向上に貢献したいと考えています。
[5] 山下直輝ら, トライボロジー会議2014秋盛岡 講演予稿集 (2015).